統計学はすべての科学の礎である

兵庫医科大学 医療統計学

教授 大門貴志

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統計学は科学の文法である
Statistics is the grammar of science

“Statistics is the grammar of science (統計学は科学の文法である)” *1), *2), *3).これは近代統計学の先駆者として様々な功績 (例えば,ヒストグラム,標準偏差,相関の積率としての定義,その線形回帰との関係の研究,カイ二乗統計量の導入等) を残したKarl Pearson博士 (1857年-1936年) の言葉です.この言葉は,科学を言語と見做した時,それを読み解くための文法は統計学であることを示唆しています.科学という語には様々な定義が与えられますが,私から一つ定義を与えさせていただくとすれば,科学は,関心の対象となる様々な事象が生起する際の法則を知識及び智恵として確固たるものとなるよう,体系的かつ経験的に探究及び実証する行為であると考えられます.すなわち,科学はその対象で定義されるものでなく,この行為でもって定義されるものであり,これはいわば方法論 (methodology) を含んでいるといえます.「統計学 (statistics)」はこの基盤を提供してくれます.科学 (science) [サイエンス] という語は,その対象を指す何かしらの接頭語を伴って某科学といった語でよく用いられますが,上述のPearson博士の言葉の含意を踏まえますと,いかなる科学もにおいても,データの収集及び統計的考察並びにそれらの適切な遂行のための計画が含まれているのであれば,確実に統計学が極めて重要な役割を担うといえます.また,科学における研究は,個々の専門分野にまたがる「智慧」の獲得を意図し,その主題に接近する方向性をもった学習の過程であり,種々の統計的方法論の目標はその過程をできるだけ効率よく進めることにあります *4), *5).このことを踏まえますと,科学における研究そのものにおいても統計学は必要不可欠なものであるといえます.

  • *1) Pearson, K. The Grammar of Science. Adams & Chares Black, 1892.
  • *2) 平林初之輔訳. 『科學概論』 (世界大思想全集第41巻). 東京: 春秋社, 1930 [Pearson, K. The Grammar of Science, 2nd edition. Adams & Chares Black, 1900].
  • *3) 安藤次郎訳. 『科学の文法』増訂第2版, 謄写版, 1982 [Pearson, K. The Grammar of Science, 3rd edition. Adams & Chares Black, 1900].
  • *4)Box, G.E.P., Hunter, W.G., and Hunter, J.S. (1978). Science and statistics. Statistics for Experimenters: An Introduction to Design, Data Analysis, and Model Building, Chap. 1, 1-17, John Wiley & Sons.
  • *5) Kimball, A. W. (1957). Errors of the third kind in statistical consulting. Journal of the American Statistical Association, 57, 133.

統計学と統計科学
Statistics and Statistical Science

統計モデル選択のための規準 Akaike Information Criterion (AIC) を提案し,データの世界とモデルの世界を連結する新しいパラダイムを確立した赤池弘次博士 (1927-2009) は,統計学の定義を廻る混乱を正し,統計概念の積極的な利用を可能にする研究又は教育の基盤構築に寄与することを目的として,「統計科学 (statistical science)」の定義を与えておられます*6).そこでは,統計科学を「統計的な物の見方を研究対象とする科学」と万人に理解しやすい平易な定義を与え,「統計的な物の見方」とは何かにも言及されておられます.また,この統計的な物の見方についての科学的な研究は,様々な分野でのデータの利用の実態について理解することなくしては効果的に進めることはできないと結論付けておられます.我々の教室は,この統計科学の定義と考え方に根ざして,医学部の基幹講座の一つとしてデータそのものを扱う専門講座であることから”Life Science [ライフサイエンス] (生命科学)”,”Health Science [ヘルスサイエンス] (生命科学)”,”Data Science [データサイエンス] (データ科学)” を推進すべく,統計学の中でもいきものを対象とした統計学である「生物統計学 (biostatistics)」を専門としてそれに関わる研究,教育,並びに人材の育成及び輩出に日夜励んでいます.

  • *6) 赤池弘次. 統計科学とは何だろう. 統計数理 42(1): iii-ix, 1994.

生物統計学とは何か
What is Biostatistics?

米国における生物統計学の第一人者の一人でもあり,Stanford大学 医学部 健康研究・政策学科の学科長も務められたByron W. Brown, Jr.博士 (1930年-2004年) [リンク1][リンク2]は,Encyclopedia of Biostatisticsで生物統計学を次のように定義しておられます:”Biostatistics focuses on the development and use of statistical methods to solve problems and to answer questions that arise in human biology and medicine (生物統計学は,ヒトを対象とした生物学及び医学で生じる,問題を解決し疑問に解答するための統計的諸法の開発及び使用に焦点をあてる)” *7).ここで重要な点は統計的方法の使用とともにその開発にも言及している点です.統計家は,様々な学際領域における科学的活動の中で「データに語らせる」又は「データから学ぶ」べく統計的方法を適用せねばなりません.また,既存の統計的方法を適用できないとき,適用可能な新しい統計的方法を開発して世に還元することを使命としています.我々の教室は,生物統計学における諸法の適用と開発が,生物統計学の実践における両輪と考えています.

  • *7)

    Brown, B.W. Jr. Biostatistics, Overview. In Encyclopedia of Biostatistics, 2nd edition. (Editors: P. Armitage and T. Colton), Vol.1, pp.494-503: 2005.

    Brown夫妻,Stanford大学 統計学部にて

    Brown博士の邸宅にて